中国の城と日本の風土
中国の城と日本の城には違いがある。
まちを高い城壁で囲むことなど、あきらかに日本では不必要なことであった。
奈良も京都も、長安をモデルにして、その規模を小さくしてつくったみやこである。
天子の居所の南に朱雀路というメインストリートがあり、それを境に左京と右京に分れる。
碁盤の目のような、整然とした区画の集合体であることなど、まったくおなじだが、この首都を囲む城壁は、奈良にも京都にもない。
日本で江戸城といえば、徳川将軍の住んでいたあの濠に囲まれた千代田城のことで、けっして江戸のまちを指して呼ぶのではない。
中国では城壁で囲まれたまちのなかの、大将軍およびその家臣団が守りをかためている場所に、またしても城壁がつくられる。
城のなかの城であり、これが日本の千代田城や大坂城の城に相当する。