福島県石川郡石川町にあった城館の跡。平安時代後期から戦国時代にかけて石川郡を支配していた陸奥石川氏の居城である。別名は石川城。
平安時代後期に石川有光がこの地に館を築いたのが城の始まりであるといわれる。有光は清和源氏の出で、源頼光の弟頼親の孫にあたり、はじめ摂津国に居住していたが、後に陸奥国石川庄に移り、三芦城を築いたという。三芦城はその後石川氏代々の居城となり、天正18年(1590年)の奥州仕置で小田原攻めへの不参を理由に石川氏が豊臣秀吉の命で改易処分となった際に廃城になった。当時の石川氏当主の昭光は伊達政宗の叔父にあたるため、その後石川氏は伊達氏家臣となり、伊具郡角田城主(2万1千石)及び伊達一門筆頭としての地位を全うした。
弘前城は青森県弘前市にあった城である。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存し、また城跡は国の史跡に指定されている。江戸時代には津軽氏が居城し弘前藩の藩庁がおかれた。
築城主 津軽為信・信枚
築城年 1611年
主な改修者 津軽寧親
主な城主 津軽氏
廃城年 1871年

やっぱり日本の城といったらプラモだろうか。
子供のころは全く魅力を感じなかったものの、最近気になる。
だけど意外と高いのなー、うまく作れそうにないし。
生粋の不器用ですとも。
あ。壊すんじゃない!
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